ウゴパン連載企画

こくしかん人図鑑 学生編

なんだかスゴイことをしちゃっている国士舘の在学生を紹介する連載企画。ひたむきに夢を追いかける彼らの肉声を毎号更新!

vol.21 泊り 美穂さん <政経学部 3年>

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「なんとなく」はじめた楽器でプロも認める腕前に——
たゆまぬ努力は嘘をつかない!

21号掲載 2011年10月31日発行
※掲載情報は本誌発行時のものです。

 プロのCD制作に参加するなど、マンドリン奏者として活躍中の美穂さん。もともとピアノを習っていたものの、中学に入るまではマンドリンの存在すら知らなかったそうだ。 「中学に入学した時は、吹奏楽部でフルートをやりたかったんです。でも、希望者が殺到してオーディションが行われる、という噂を聞いて、フルート未経験の私なんて絶対ムリ、 とあきらめました」。そこで目をつけたのがマンドリン部。マンドリン部にもフルートのパートがあったのだ。ところが、先輩から担当したい楽器を聞かれ、ほかの新入生が口々にマンドリンという中、流れに逆らえずについ「マンドリンがやりたい です」と口にしてしまったのだとか。

 きっかけは「なんとなく」。でも、生来の音楽好きもあって、やってみると楽しくなってくる。美穂さんの目の色が変わったのは、「やるからには上手になりたい」と思ってからだった。 演奏が上手な人から選出される部の幹部を目指す、という目標を定めると、がむしゃらに練習をはじめた。朝は早めに登校して個人的に朝練を、昼休みもお弁当を食べたらすぐにマンドリンを手に取り、 部活が終われば家に楽器を持ち帰って練習した。美穂さんが通う学校は中学・高校が一緒になって部活動を行う。部の幹部が発表されるのは高校1年になった時。タイムリミットまでの3年間は、 そんな毎日の繰り返しだった。そして高校1年……練習の成果が認められ念願の幹部に登用された。

  「幹部になるとプロのマンドリン奏者にレッスンを受けられるんです。プロの先生に習って巧くなったことも確かだけど、デュオの相手に抜擢されたことでコンサートなどにも 出させてもらえるようになったことが、私にとっては大きいですね。でもいつの間にか日の当たるところに出てしまって…『地味に生きる』が座右の銘なのに(笑)」。

 先生とのコンサートでのこと。根がまじめ、と自己分析する美穂さんは、あろうことか失敗をしてしまいひどく落ち込んだ。そんな彼女に先生がこんな言葉をかけてくれた。 「確かに失敗したかもしれないけど、それも含めて最高の演奏だったじゃないか。お客さんと一緒に音楽を楽しまなきゃ」。まじめに譜面通りに弾くだけが音楽じゃない、 楽しんでこそ音楽なんだ—。「音楽」を「人生」に置き換えても通じる言葉として響いた。そして今、美穂さんは音楽を心から楽しんでいる。

泊り 美穂 TOMARI MIHO
1990年生まれ。私立大妻高等学校出身。おっとり癒し系の美穂さん。でも内に秘めたる思いは強く、自分の性格を評して「なんだかんだで負けず嫌いですね(笑)」。 1日弾かない日があると音が硬くなってしまうマンドリンは、毎日弾かなければいけない。手がかかる分だけ愛着もあるのか、愛器を「この子」と呼んでいたのが印象的だ。